沿革

  • 創業期 昭和21年~昭和64年
  • 成長期 平成元年~平成10年
  • 拡張期 平成11年~平成22年

昭和21年

マタハリー商会創業
戦後まもない昭和21年、家電を扱う“街の電気店”として「マタハリー商会」を創業。マタハリーとはマレー語で「太陽」。戦争で疲弊した人々を明るくしたいとの願いから命名されました。常に新しいことに挑戦する企業姿勢は、創業当時からずっと変わりません。

昭和35年

株式会社マタハリー電気商会設立
将来の事業拡大を展望して、個人商店から法人組織に転換し、株式会社マタハリー電気商会を設立。

昭和42年

ジュークボックス業界参入
スナックやバーで急速に普及し、日本で大ブームとなったジュークボックス。外国製ジュークボックスが主流の中、ビクター・コロムビアと代理店契約を結び、国産のジュークボックスの販売で売上を飛躍的に伸ばしました。

昭和44年

アミューズメント業界参入
熱狂的なボウリングブームの中、長い待ち時間に着目してボウリング場内にゲームコーナーを開設。その後の当社のアミューズメントビジネスの原点となりました。

昭和47年

パチンコ業界参入
JR川崎駅前の映画街にパチンコ店「ミス・パチンコセンター」をオープンし、パチンコ業界に参入。今も当社の事業の中心となっているパチンコ事業はここから始まりました。

昭和51年

オリジナルのゲーム機開発・発表
販売目的ではなく、店舗の差別化戦略としてゲーム機「チャレンジカップ」を開発・発表。オリジナルのゲーム機は、平成5年迄の間、5機種開発し、その最後となった超大型メダルマシーン「スーパーエキサイティングボートレース」は、最大48名同時プレイを可能にし、また、「水と機械」というタブーに挑戦したことでも、当時話題となりました。

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